「和銅献上」から和銅改元になった桧舞台の「和銅採掘露天掘跡」と「聖神社」を中心にした、もっとも一般的なコースです。和銅にまつわる「殿地」や秩父市の有形文化財「内田家」も一緒にまわりましょう。
それでは、ご案内いたします。上記案内図と併せてご覧ください。
和銅黒谷駅
和銅黒谷駅前の案内板
祝山の「和銅」の文字
和銅遺跡入口の看板
秩父鉄道「和銅黒谷(わどうくろや)駅」を下車すると、駅前に大きな案内板があります。これから歩くのコースを確認して、駅前通りをまっすぐ進みます。すぐに国道140号に出ますので、国道を横断し左に向います。
車で来られる場合は、和銅黒谷駅前の国道の脇がとても広くなっていますので、ここに駐車して歩いて行きます。同じく国道を横断して左(北)に向います。
東方の、祝山の大岩に書かれた「和銅」の白い大文字を右手に見ながら、200m程で「和銅遺跡」とか書かれた大きな看板がありますので、右に曲がります。
右に流れる銅洗掘(和銅沢)を見ながら歩くと、右側に案内板があります。左側に鳥居が見え、階段を上がると聖神社です。聖神社参拝の後、鳥居前の案内板に従って「露天掘跡」までは15分程です。
聖神社前にあるトイレ
露天掘跡入口
露天掘跡入口
「和同開珎」モニュメント
階段を降りたら、左に向い「露天掘跡」を目指します。坂道を上がっていくと「和銅採掘露天掘跡」入口の指導標が3ヵ所ありますが、いずれの入口でも大丈夫ですので、右に坂道を降りて行きます。
遊歩道を少し歩くと、高さ5mもある「和同開珎」のモニュメントがあります。脇を流れているのは、銅洗堀です。ここで少し休憩をしたら、いよいよ「露天掘跡」に向います。ここからの急坂を登りきると「露天掘跡」を上側から見ることができます。1300年もの昔に「和銅」が発見された現場です。
付近の和銅ゆかりの地は、銅銭堀に沿って下った所にある「殿地」と「内田家」です。
殿地というのは、採銅勅使の屋敷跡とも言われ、祝山を背景にし、銅洗堀から水を引いた池を持つ秩父三屋敷の一つと言われる旧跡です。今もその面影をとどめた名勝と言えましょう。(現在は一般の民家のため、掲載しませんでした。)
内田家は、古く聖明神が祀られ、御神体の銅石が家宝として秘蔵されていると言われます。家屋そのものが、建造物として秩父市有形文化財で、17世紀初期の建築とされます。寄棟トタン葺きの長屋門を南にした景観は、のどかな落ち着いた雰囲気をかもしだしています。代々名主の家柄で、「内田家文書」(近世文書261点他)は秩父市指定有形文化財です。
いかがでしたか? これで、「和銅採掘露天掘跡」コースは終わりです。お疲れ様でした。
お時間のある方は、続いて「製錬所跡と金山鉱山跡」を見学してみましょう。